写真嫌いを克服した方がいいたったひとつの理由

150809

「写真撮られるの嫌い」って人、結構いますよね。
実は私も、自分の写真を撮られるのがあまり好きではありません。
理由は単純。写真映りがよくないから。

友人や家族と盛り上がってる時に「せっかくだし写真撮ろうよ!」なんて場面、ありますよね。
「いや、私はちょっと…」と水を差すのも悪いので、普通に混ざって写る。

けれど確認するとみんないい感じに写ってるのに、自分はやっぱりイマイチ。
しかもこれ、みんなで撮ったからみんなの手元に残るんだよな…とあとでどんよりしたり。

まあ恐らく他の人は私の写りが多少変でも気にしないでしょうし、例え写真を拒否してもそれだけで「あいつは付き合いが悪い」などと人間関係にヒビが入るような深刻な事態が起こることもそうそうないでしょう。

でもこれ、できるもんなら克服した方がいいんじゃないかと今日突然思ったのです。
自分のためじゃなく、自分のことを大切に思ってくれる人たちのために。

もう会うことのできない、大切な人の写真を見ていました。
けどそいつ、写真写りがいいんですよ。どれも笑顔で、本当に楽しそう。

もちろん「いい顔で写ろう」と思ってのことではないでしょう。
笑顔だけじゃなくふざけている写真もたくさんあるし、写真に慣れてて、いつでも「自然」な姿をさらけ出せる感じ。
だからそれらの写真を見て、あいつはいい顔してる、きっと楽しくていい人生だったと思えるのです。

これが「写真嫌い」だったら。
偲ぶための写真が少なく、その写真も無愛想だったり、ぎこちない感じで写ってるとしたら。
それでも残された人は、きっとその写真を大切にするし、何度もなんども眺めるでしょう。
そんな姿を想像して、これはいかんな…と思ってしまったのです。

どうして写真写りが悪いのか、訓練(?)でよくなるのか、「撮られ慣れる」ことは可能なのか、今まで考えたこともありませんでした。

ただ、もしちょっとした努力でなんとかなるものなら。
それでもし何かあったときに、大切な人たちが私の幸せそうな姿がたくさん残ってて良かったと思ってくれるなら。

克服なんて大げさだけれども、今日から少しずつ頑張ってみようと思います。

 

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