驕ることなかれ〜それは賢者のアドバイスか愚者のマウンティングか

170313

できるようになると、できなかった頃のことが思い出せなくなる。
できない人に対して、「そんなこともできないの?」という気持ちが起こる。
起こるだけならともかく、口にしてしまう。

これが『驕(おご)り』です。

例えば私、一昨年の11月に『かさこ塾』というブログとセルフブランディングを学ぶ大人の塾に参加したのですが、塾生同士の緩やかなコミュニティが特徴の塾なので、その後も塾絡みのイベントに参加したりしていまして。

それで新しい塾生さんからFacebookで友達リクエストを頂くことがよくあるのですが、その時にいつも気になることがあります。
リクエストと一緒にメッセージを頂くのですが、

「かさこ塾○期生の〇〇です。」

だけの自己紹介がすごく多いんです。

そりゃ私のことをかさこ塾生と知っているんだろうから、その一言があるのは全く不思議じゃないんです。
でもその一言しかないのはどうなの!?と思ってしまう。

まず私がリクエストを承認するかしないかって、その塾の塾生かどうかは関係ないんですよ。
塾生だ、と言えば承認してもらえるものと思っているなら、それはちょっとどうかと思う。

それに仮にもセルフブランディングを学ぶ塾なのだから、初めての人に自分がどんな人間であるか簡単に(あくまで簡単に、です。ここ重要。)肩書きなりやっていることなりあった方がいいんじゃないかと思うわけですよ。
「かさこ塾生です」と言うのは、自分のことを語っていることには何ひとつならないのだから。

ご挨拶のメッセージを送る、というのは、もちろん礼儀の意味もあるんでしょうが、『初めての自分を知ってもらうチャンス』でもあるわけです。
押し付けがましくない程度に自己紹介するのは、特に個人事業や独自の活動をしているなら大事なことではないかと思うのです。

でも。
そう言いたい気持ちは、完全に奢りです。
だって最初からできる人なんていないし、それが完璧にできる人はセルフブランディングなんて学ばなくてもいいから(笑)

かさこ塾のおかげもあり、自分でもわかるくらい独立してから急成長したもので、もうそれができなかった自分が『遠い過去の人』のように感じるのですが、私だって完全にポンコツだったんです。

かさこ塾の話でもう一つ思い出しました。

かさこ塾の塾長であるかさこさんが、よく塾生のあるあるをFacebookで投稿しているんですが、こういうのがありました。
『プレゼンのスライド資料を送るときのデータの名前は「スライド.pdf」などではなく、名前を入れるなど、私がたくさんの塾生の資料を一度に受け取ることを考えてつけて欲しい。
こちらでひとつひとつ名前を変えるのは大変』
(正確ではないけどこんな感じ)

そりゃそうだよねーと思ったし、コメント欄にも「それは常識でしょ」とか書かれたりしてた。

でも私、たまたま過去のメールを見てて発見してしまったんです。
私、かさこさんに『151104_プレゼン.pdf』って資料おもっくそ送りつけとる…!!!

だからね。
奢っちゃいかんのです。

そりゃできない人のせいで迷惑をかけられたら、迷惑をかけられた本人がそれに対して発言したり、同じことが起こらないように予防線を張るのはわかる。
同じような目にあった人が同調するのもわかる。

でも何でもかんでも『今の自分ができるから』と言って、乗っかってやんや言うのは品がないと思うのですよ。

できない人のお役に立つのなら、例え自分が完璧じゃなくたって、ぜひともきちんした場で語りましょう。(自分のTLとかブログとかで)
けれどできなかった自分を忘れて、上から目線の驕ったマウンティングしかできないのなら、黙りましょう。

驕れる者久しからず。
どうせ誰かにとってはいつだって自分は「できない人」でもあるわけですし、人に上下をつけて見るクセがあるなら手放したいものですね。

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