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故人から盆栽を受け継いだお話

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(今回頂いた一番の大物、楓(かえで)/樹高30cm。本来今の時期は葉が茂っているのですが、全て枯れていたので持ち帰ってから一旦葉を落としました。新芽の気配があったので大丈夫だろうとは思ってましたが、2、3日たっぷりお水をあげたらもうちらほら葉が出て来ました!強い子!)

祖父母や両親が他界したときに、遺された物をどうするか。
思い出になる物は取り置き、値段がつく価値のある物は売り、残った不要な物は処分をするということが多いでしょうか。

ではそれが、『盆栽』だったらどうでしょう。

夫婦共に盆栽好きであることを公言していたら、生前そのことを耳にしていた方から盆栽を譲り受けるという出来事が先日ありました。

その方は夫の同僚の親御さんで、生前にお会いしたことはありませんでした。
息子から会社に盆栽好きがいるという話を聞いて、自分が死んだら処分する前にその人(夫)に好きなものを持って行って欲しいとことづけていたそうです。

なるべく早く来て欲しいと言われ葬儀の数日後に夫がご自宅にお邪魔したところ、確かにそこには何十点もの小品〜中品サイズの盆栽たちがありました。
けれど親御様が病床についてから、素人である同僚の方が世話をしていたせいでしょう。
完全にダメにはなっていないものの、枯れかけの症状がほとんどの木に出ているようでした。

これが盆栽の難しいところです。
美術品であり、伝統文化である以前に、盆栽というのは「生きた植物」なのですから。

その後盆栽業者にいくつか連絡を取ったらしいのですが、どこからもお断りされたそうです。
十把一絡げ、二束三文で引き取ったとしても、再生させてモノにする労力を考えると、割りに合わないのでしょう。

私たちも気持ちの上では全部頂きたいくらいですが、ベランダで育てている環境では数はもちろん、その方のコレクションの中心である中品盆栽(樹高35cm〜)以上のサイズのものはなかなか置けません。
けれどなんとか良いものを残そうと、素人ながら一生懸命品定めして、結局2度訪問し黒松を中心に厳選したものを数点お迎えしました。

盆栽は他の遺品と違って、日が経てばたつほど価値が失われていきます。
しかし百点近い盆栽となると、例え肥料や形成などを行わなくても、毎日の水やりだけでも一苦労です。
まして盆栽が趣味でもない、残されたご家族にとってはさぞや大変なことでしょう。
ご事情があって生前のうちの処分ができずその後の手段も限られていたようですが、手を尽くすのにも疲れてその同僚の方が最終的に「ゴミ」として処分する日が来るかもしれないと思うと、致し方ないとは言え辛いものがあります。

だって、盆栽って例えどんなにお金かけたって2、3年で完成するものではないんですよ。
大きさや形、風格、盆栽としての価値は『年月』が作るものなんです。

盆栽じゃなければ、息子の同僚なんて他人に自分が大事にしているものを死後に譲るなんてことないですよね。
でも盆栽はそういうものなんです。
何十年、何百年、幾人もの人に継がれて現代に生きているものがたくさんある。

その方の人生に何十年と寄り添って来た盆栽たち。
最初はそんな立派なもの頂いていいものかと夫婦で悩みましたが、ありがたく受け取って、また私たちの手で何十年と大事に育てていきたいと思います。

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(その方のコレクションが加わり、「ベランダ盆栽ごっこ」から「ベランダ盆栽百万園」の様相を呈して来た我が家…!)