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仕事における罪悪感はお荷物にしかならない

170326

中国の思想家、孔子の『論語』に
「内に省みてやましからざれば、それ何を憂え何を懼(おそ)れん」
という言葉があります。

「別に心にやましいことが無いんだったら、心配したりビビったりする必要なくない?」
的な意味です。

やましいこと無くたって心配や恐れは自然発生することあるでしょ、と思わなくもないんですが、逆にやましいことが『ある』と、たちまちこの言葉通りになってしまいます。

それで私が失敗した話をひとつ。

スケジュールが立て込んでいる時に頂いた案件に対して、「今すぐは難しいけど、○週間後くらいに始められます」とご説明し、お客さんにご了承頂きました。
しかし私の見積もりが甘く、結局着手できたのはお伝えした日付よりさらに2週間後。

お客さんからは急がないので大丈夫です、というお言葉を頂きましたが、やはりこちらとしては申し訳なさでいっぱいです。

そんな中、そのお客さんから作品に対しちょっとした追加要望が入ります。
それいらないんじゃない?と内心思ったのですが、まあ入れても話として筋が通らないわけじゃないし、入れてお客さんの満足度が上がるなら…と自分に言い訳しながら、私はできるだけ違和感が無いようにその要望を漫画に入れ込みました。

でも仕上げに近づくにつれ、どうしてもそれが気になって。
そこで気づくわけです。
納得したふりして入れたけど、ウソだった。
よく考えたら、これ入れると広告漫画としてブレてしまう!!

そうです。
私は「スケジュールが遅れている」という罪悪感から、違和感を感じていたにも関わらずお客さんの要望に応えることでその気持ちを払拭しようとしていたのです。
この行為はお客さんの為のようで、結果的に「いい作品」から1歩遠ざかるのだから、完全に自分の保身の為。

私はすぐに「ここはあの指示を入れずにこうした方がいいと思います、何故なら…」と説明し、すでに描き終えたページでしたが修正をさせて頂きました。

(そしてお客さんは、「あ、そうなんですね。じゃそれでお願いします。」とあっさり承諾。
別にこだわりでもなんでもなかった箇所に、私は自分にウソまでついて応えようとしていたわけです…。)

広告漫画の話じゃなくたって、万事がそうですよね。

例えば会議に遅刻をしたからって、申し訳なさから会議中黙って小さく縮こまっていたら、存在する意味がない。
まず遅刻をするな。
それでも遅刻したなら、会議で挽回しろ。
そういうことです。

孔子のような鋼のハートは持ち合わせておりませんが、心配や恐れを自ら量産するような非生産的な行為はせずに済むよう心がけたいものです。