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自分を格上げしてくれる服を選ぶ

170622

妖怪自宅ばばあは36歳である。(2017年6月現在)

若い人は似合う似合わない関係なく、「私はこれが好き」「これがかわいい」という気持ちだけで服を選ぶことが多いだろう。
むしろ「似合うかどうか」という視点すら持っていない子も多いかもしれない。
それでもやはり若さというのはそれだけですごい力を持っていて、多少コーディネートが変でもチープでも勢いで着こなせてしまうものだ。

私も上京した頃は下北沢に自転車で繰り出しては古着を漁っていたものだが(私にもあったのだそんな時代が)、もはや勢いだけで服を着られる時代はとうに過ぎた。

もちろんいくつになろうが、好きな服を着たっていい。
似合うけど嫌いな服を嫌々着るより、好きな服を着ている方が気分がアガってキレイに見えることはあると思う。

しかしばばあはもうダメである。
似合うものと似合わないものが自分には確実にあって、着た時にそれがもう自分でわかるようになってしまったからだ。
そして「それでも私は好きな服を着るわ!」という確固たる意志も着こなすセンスもないので、今は「似合う服」を素直に買うことにしている。

今日、浴衣を買った。
本当はお仕立てをしてみたいと思っていたのだが、反物を見るために入ったリサイクル着物のお店でいい浴衣に出会ったのだ。

ちょうどそろそろシーズンということで、店の一角が浴衣コーナーになっていた。
自分に合う身丈(サイズ)を一通り見て、見た目で「これがいい!」と思ったものは無かった。
でもなんとなく「似合いそうだな」と気になる1枚があり、袖を通してみたらこれがドンピシャ。

念のため残りのものも片っ端から袖を通してみたが、やはり先ほどのものの方が断然いい。
最後に確認のためにもう1度着てみたが、ハンガーにかかった状態ではパッとしないのに、私が着た途端とても良いものに見えた。

サイズ感も良く、縫製もミシン縫いではあるが表に縫い目が出ておらずいい仕立てだったので(もちろんリサイクル品なのでお安い)迷わず購入した。

人によっては、それを『妥協』と呼ぶのかもしれない。
けれど一目惚れでなくたって、それが着ることで自分を美しく見せてくれる=自分を格上げしてくれる服であれば、結果私にとってはそれこそが「好きな服」になりうるのだ。

好きな色、デザインで、しかも似合う服が最強なことはわかっている。
それを探す努力が足りていないことも。

しかしそこは妖怪自宅ばばあ。
手が届く範囲の距離と予算と労力で選べる範囲の中で、それらを手に入れれば十分なのであった。