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世の中の働くお母さんたちに期待するのをやめました

期待、というか、ある種の崇拝心を抱いていたのだと思います。

170711

私には子供がおらず、夫と二人で気ままに暮らしています。
自分の面倒は自分で見られる大人のふたり暮らし、自由に仕事に打ち込むことができるし、スケジュールも比較的自由に組むことができます。

それでも全てがスムーズに行くかと言えばそうでもなくて、不測の事態は当然起こるし、自分の実力やスケジュール管理の甘さに苦しむこともよくあること。

だから家事や仕事に加えて、さらに『子育て』をしている母親たちはなんてすごいんだと思っていました。
効率化や時間の使い方に対する意識が高いし、子育てによって得た、私にはない経験や知見や感情をたくさん知っている。

ワーキングマザーだというだけで、無意識のうちに「この人は自分より優れている」と思っていました。
劣等感を抱いてるというよりは、単純にそれを事実として受け入れてしまうというクセのようなものだったのだと思います。

そしてそれは崇拝しているように見えて、ひとつの差別的な見方だったなと。
子供ができれば皆勝手に優秀になるわけではないし、ワーキングマザーとして自立できている人はその努力をしているし、そうじゃない人もたくさんいるし、子供のことしか見えていない視野が狭い人だってたくさんいる。

子供がいる = 子供のことを第一に考える = 子供の未来に直結する社会や政治の問題に興味を持つ
という図式が、ほぼ全ての母親に当てはまるだろうと思い込んでいたのもよくなかった。
この人は「子の親」なのに、なぜこの問題に無頓着なのだろう、と内心憤ることもありました。

誠に勝手な感情だと今は思います。

「親」という役目は「子」に対して存在するのであって、それ以外の人と対峙する時にはあんまり関係ないんですよね。
仕事相手として、友人として、相手が私の目の前に立つとき、子供がいるかいないかで何かが変わることもない。
人と人として、本人の仕事ぶりや人間性が、私のそれとどう反応するかだけなのです。

誰も私に対して「こいつ子供もいないくせによくもまあ仕事論とかフリーランス論語るよな」とは思っていないのに、私は働く母親たちに対し「さすがお子さんがいらっしゃるだけありますね!私の仕事ぶりなんて子供がいないからできることですよ、へへ」とヘラヘラしてた。
おかしな話です。

子供がいるならいるなりに、いないならいないなりにそれぞれの立場で工夫して働くだけなのに。
むしろ失礼ですよね。
いろいろな努力や工夫をその人なりにやっているという事実をスルーして、「さすが母親」という色眼鏡でしか捉えられていなかった。

今まで無駄にプレッシャーをかけていた母親の皆さん、ごめんなさい。
これからはもう少しフラットに人として接したいと思います。

ただ、相手の立場になって考えるという基本的な思いやり能力は駆使するつもりですが、子育て経験がないのは事実。
どうぞ気兼ねなく「子供がいてこういう状況だから、その点に関してはこうして欲しい」とご教授いただければと思います。