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起業家やブロガーなどの情報や発信を追うことに、なんだか疲れたり、違和感を感じている人へ

180822

SNSに慣れてくると、自分にはない言葉や生き方を発信している人たちに目が向くようになる。
尊敬したり、私も頑張ろうと思ったり、何かに出会えて変わったような気がする。

しかししばらくすると、それにも慣れてくる。
「たいしたこと言ってないな」「他の人も言ってた」というような既視感を感じたり、段々見るのが疲れてきて「はいはい、意識高い系乙」と斜め上から見下すようになったり。

それは、最初の状態が何年も続くよりはずっと健全だと思う。
いつまでも誰かを盲信し、ただ褒め称えるだけの「信者」は、自分で考えることを放棄していると思うから。

はじめは輝かしかったあの人の言葉に、心を動かされなくなったとき。
それはその人が変わってしまったのではない。
あなたがその人の域に達したのでもない。
ただあなたがその人の言葉や生き方をあらかた知り終えたというだけのことである。

その人からいろんなことを得ていたつもりで、本当に得ていたのは単純に「今自分が知らないことや気づいていない情報を与えられるという体験」に過ぎなかったのではないか。

話を聞いて、知った気になることは誰だってできる。
ただ、スティーブ・ジョブスなんかよりもその人たちの方がリアルタイムでダイレクトに情報を追える分、より知った気になりやすい。
より何かを得た気になりやすい。

そこを履き違えると、そこから先には進めない。
結局は自分で動かないと血肉にはならない。
先を進む人の言葉は、「動いたことでこういう結果を得られた」という道しるべに過ぎないのだ。

だから、その人たちの言葉が色あせて見えるのなら、次はあなたの番だ。
できる人は、出会った時点で動いている。
あなたは色あせるまで見ていたような凡人だけど、最初に言ったようにあの人は自分と違ってすごい!と決めつけ崇めているだけよりはよっぽどマシ。

動けば、その人たちのことなんてどうでもよくなる。
自分のことでいっぱいになる。
でもやり続けてふと気付いたとき、あの人があのとき言っていたことはこういうことだったのかと思ったりする。
最初は感銘を受け、いつの間にか頭の隅で埃をかぶっていたことが、自分の体にストンと収まっている。

きっとその頃には、そんなあなたを見て、あなたの言葉や生き方を知って、同じように感銘を受けたような反応する人たちが出てくる。
そしてその中から、何人かはきっと動く。
あなたの目的は別にそうやって人を動かしていくことじゃないと思うけど、そんな人たちの力になれたなら誇ればいい。

今、起業家やブロガーなどの情報や発信を追うことになんだか疲れたり、違和感を感じているなら、見るのをやめよう。
やめた時間を、自分に使おう。
今がまさに、あなたのスタートだ。