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漫画人生略歴〜夢、挫折、そして栄光へ(予定)

なぜ今私が、フリーの漫画家などという説明の難しい謎の職業についているのか。
それを語ることはつまり、私の半生を語ることである。(大げさ)

いつか自分が漫画家になることを疑わなかった少女が、遠回りして結局漫画家になることにしたお話。

絵が描ければ人気者、小学校低学年

150417 dokodemo

保育園のときはお絵描きは嫌いじゃない、くらいだったのに、何故か小学校1年から漫画を描き始める。(のちに父親が若い頃漫画家志望だったことが判明)
四角に手足の生えた「どこでもくん」という単純なキャラながら、きちんとオチのある4コマ漫画を制作。漫画の描かれた自由帳は授業中でもクラス内で回覧される程の人気に。

あまり活発な性格ではないお子様だったが、とりあえず絵を描いておけば皆が喜んでくれて、自分のまわりの環境が過ごしやすくなることを覚える。

小学校中〜高学年、想像を具現化することに夢中に

150417 cinderellaその頃流行っていたドラゴンクエスト、ドラゴンボールに影響され、鳥山明先生を模写しまくる。
この頃にはストーリー漫画を描くようになり、1番の長期連載(もちろん自由帳)は『夢の中のシンデレラ』。メルヘンなタイトルだが、内容はシンデレラと人魚姫とかぐや姫がわいわいやるギャグ物。今放映されているauのCMはこれのオマージュ(当然嘘)。

キャラクターにストーリーをつける、ということに興味があり、漫画の他にも小説もどきを書いたり、やけに設定に凝ったごっこ遊びなども好きだった。

愛読書は『アニメディア』、中学校〜高校

150417 domonこの時代に完全にオタクとして完成。
週7日ほぼ全てのアニメをチェックし、アニメ雑誌やグッズを買い漁り、休みの日はゲームに勤しむ。自分の作品も描くが、もっぱら好きな漫画・アニメ・ゲームをモチーフにした二次創作が主体に。

中二病気味ではあったが、同じ趣味の仲間がいた上学校生活ではまじめで面倒見がよいと評されクラス代表や部長、委員長などを任されることも多く、比較的オープンなオタクであった。

夢に流される大学〜地元フリーター

150417 misao漫画家になるという夢は、いつ決意したでもなくずっと思っていた。他になりたいものも得意なこともないので、自分はそうなるんだろう、と。
しかしもう少し勉強もしたいという思いで地元の私立大学に進学。
それなりに勉強し、それなりに学生生活を満喫しつつ、漫画は大学入学後に始めた同人誌活動として続ける。

地方でも漫画は描けるがやはり業界の中心は出版社が集まる東京だろうと思ったのと、卒業したら親元を離れて自活するべきだと思っていたので、在学中に上京を決意。
周りが就職活動に明け暮れる中、4年間きっちり勉強し倒す(楽しかったがさして身についてはいない)。
卒業後約1年地元でバイトを掛け持ちしお金をしっかり貯めてから上京。

不毛の東京フリーター時代

150417 milly漫画アシスタントなど特に当てがあったわけでもなかったので、とりあえず生活の為作品を描きながらバイトを始めることに。
しかし先々のバイトで友達が増え、恋人もでき、楽しいこともたくさんあり、ちょいちょい自分の作品は描いていたが、漫画家にならなくとも充実した生活が手に入ってしまい目標を見失う。

そんな生活を5年も続けた末、最終的に漫画家を挫折。
主な理由は2つ。1つは、残念ながらその時点でデビューできていなかったのは努力と実力が足りなかったから。
しかしもう1つは、現実を知り、漫画家を目指したいと思えなくなってしまったから。

デビューできるかわからない、できても連載できるかわからない、連載できても打ち切りになって単行本も出なければ赤字だけが残ることも珍しくない。収入は出版社に依存しているが、発行部数の減少、廃刊もあり得る。
実力勝負だということはわかっていたが、それにしても運に左右され過ぎる世界だった。
職業として成り立っていないとすら思った。

漫画家になることをベースに、自分の人生設計は立てられない。
それが夢に見切りをつけた理由だった。

漫画家をあきらめるということは、ここまでの自分と人生を否定するのも同然であり、「漫画家を目指さない自分」を受け入れられず、結果5年もの歳月を過ごしてしまうことに。
辛い決断だったが、人生に区切りをつけ再出発。

運命の出逢いと就職

150417 kokoku漫画家を目指さないならフリーターをしていてもしょうがないと考え、20代の今なら間に合うかもと無謀にも正社員への就職活動を開始。

色々な企業を見る中で「漫画を広告に使う」ということをやっている会社が世の中にはあることを知る。
制作会社がコンテンツのひとつとして取り扱っていたり、専門でも実際は外部の漫画家に制作を発注していたりする場合がほとんどだったが、そんな中「元漫画家でその後広告代理店で勤め、現在は広告漫画を自分で売って自分で描いている」という人を発見。
サイトに書き綴られた業務内容、実績、漫画・仕事への想い、端々まで読み尽くし感銘を受け、すぐに連絡を取り会ってもらうことに。
まさに運命の出逢いであった。

自分が漫画業界に感じた「将来のギャンブル性」を、その人もかつて連載漫画家だったこともあり実感として感じており、それが今の仕事に繋がっているという話を聞き、自分もその道でもう一度漫画家として踏み出すことを決意。

相談やアドバイスなどいくらでも協力するというありがたい言葉まで頂いたが、その方の事務所ではスタッフ募集を行っていなかったのと、自分が本当にその道でやっていけるかは飛び込んでみないとわからないということもあり(正社員経験も無ければ営業もやったことがない、広告業界のことも全くわからない)、広告代理店への就職を目指すことに。

全くの未経験にも関わらず、自分を売り込むPR漫画を履歴書と一緒に送るという珍行動が功を奏したのか、倍率50倍を勝ち抜け小さな広告代理店に営業として潜り込むことに成功。

広告代理店で10kg太り、独立へ

150417 benesse広告代理店の営業は、自分にとっては地獄だった。
新規クライアントを獲得する為のテレアポの日々。
営業というのはこの世にありふれている職種のひとつで、多くの人が従事=誰でもできると思っていたが甘かった。

電話の度に断られる、拒絶される→電話をかけるのが嫌で1件1件にもたもたする→数をかけないのでアポが取れない→売上を作れないので定時に帰り辛い、先輩も社長も遅くまで帰らない→帰宅が遅い不規則な生活で太る。(そして退職した今も何故か戻らない)

それでも何とか徐々に仕事に慣れ、やりがいも感じるように。
しかし家庭の事情により想定していたより短い年月で退職することになり、一時期を地元石川で過ごす。

また東京に戻ることになったとき、まだ独立には早い、広告業界で学ぶことはまだまだあるはずと迷ったが、広告代理店の営業として頑張れたのだから、売るべきサービスが自分の漫画になったならもっと頑張れるだろうと思い、独立することに。

もう他の道に進むことはないだろうと、自分で自分の人生にとりあえず形から道筋をつけるために、仕事も無いうちから開業届を出し記帳も青色申告で始める。

現在

150417 now相変わらず仕事はあったり無かったりするが、漫画家として営業・制作を自分で行い、お客さんに喜んでもらえるこの仕事は本当に幸せだと感じている。

独立後は運命の出逢いをしたその師匠の別事務所として看板をお借りしていたが、2015年に完全個人で活動を開始。
また1からひとつずつ積み上げることになるが、もっと腕を上げ、たくさん仕事をし、より多くの人のお役に立つ為今日もパソコンに向かっている。