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ご当地キャラは愛で育つ(前編)〜百万ゆるキャラ概論

150910

画像引用元
左)もとまる/本巣市ホームページ紹介ページより「本巣市:プロフィール」
http://www.city.motosu.lg.jp/shisei/profile/mascot/profile.html
中央)くすみん/姶良市ホームページ紹介ページより「姶良市/市のイメージキャラクター」
http://www.city.aira.lg.jp/shokan/gyosei/gaiyo/character.html

右)さっきー/さぬき市ホームページ紹介ページより「さぬき市マスコットキャラクター | 香川県 さぬき市」
http://www.city.sanuki.kagawa.jp/executive/mascotshiyou

まずは上に引用させて頂いた画像のキャラクターを見て頂けますか?
…似てますよね、完全に。
「今はやり(?)のパクリじゃないの?」と思われるかもしれませんが、違います。
上記のキャラは、同じデザイナーによってデザインされたものです。

9月6日に放送された日本テレビ『サンバリュ』という番組で、100体以上のご当地キャラが全て「同じ名字の人物によって」デザインされているという話題が取り扱われました。

ゆるキャラ「使い回し疑惑」全国100体以上が制作すべて「塩崎さん」!激似あっちにもこっちにも・・・ <サンバリュ「諸事情により・・・>(日本テレビ系)
JーCASTテレビウォッチ http://www.j-cast.com/tv/2015/09/09244624.html

番組自体は未視聴なのですが、私はこの現象を以前から知っていました。
デザイナーについて詳しく調べたこともなかったのですが、明らかに同じ作風のキャラが世の中に溢れ返っているし、むしろ私は「パクリ」の方なんじゃないかと思っていたくらいです。
それがまさか、本当に同じ人だったとは。

それについてどうしても言いたいことがあり今回の記事を書き始めたのですが、その前に私百万がご当地キャラ、そしてゆるキャラについてどう考えているかを語っておきたいと思います。

詳細な歴史や各団体については省略しますし、正確な『ご当地キャラ』『ゆるキャラ』の定義については簡単に一言で言えることでもないので、あくまでそのへんを踏まえて百万はどう捉えているかという話であることをご承知おき頂けると大変助かります。

『ご当地キャラクター』の昔

ここで言う昔とは、インターネット普及以前、という感じでしょうか。

『ご当地キャラクター』という名称で呼ばれるようになったのは最近ですが、昔から「地域に根付いたキャラクター」自体は、結構いましたよね。
ただその頃は、「ご当地の為のキャラクター」であって、「ご当地をPRするキャラクター」ではありませんでした。
また、今は着ぐるみ化が当たり前ですが、その頃は必ずしもイコール着ぐるみ化ということでもなかったような。

予算を取って開発する企業のキャラクターとは違い、市町村や公共団体の場合は「公募」によって生まれることが多いです。
その手の人たちはそもそも「地域の皆さんのお役に立つこと」を使命とし、その皆さんとの交流を重視するので、「ご当地キャラクター」と「公募」はとても相性がいいわけですね。

つまり作品を送る人は素人であることが多かったのです。
だからそんな作品の中から生まれたキャラクターは、とても素朴であることが多かった。
その上さらに公募で選ばれた素朴な名前がついたりして。(しかも1番応募数が多かった、という理由で選ばれてたり…)

その頃は、そういうものでした。

『ゆるキャラ』の誕生

今は『ゆるキャラ』というと、イコールご当地キャラのことですね。
もしかしたら着ぐるみ=ゆるキャラと思っている方すらいるかもしれません。

実はそもそも『ゆるキャラ』という言葉は、エッセイストであり漫画家のみうらじゅん氏が考案したものです。
みうら氏は前述したご当地キャラクターたちの中に、「なんか違う」やつらを発見し、そいつらを『ゆるキャラ』と呼び始めました。
(ちなみに『ゆるキャラ』は商標登録されているので、ルールとしては使う時に「ゆるキャラ(R)は、みうらじゅん氏の所有する商標です」という記載が必要なんですよ)

なんか違う、というのはつまり、王道路線からはずれているというか…。
あえてわかりやすく商業キャラで説明しますと、例えば『リラックマ』をご存知ですか?
リラックマは明らかにゆるキャラの先駆け的な存在かと思います。
それまでの王道キャラはみんなニコニコしたり踊ったりスイーツ食べたりして「愛らしさ」を前面に押し出していたのに、こいつってば基本動作が「だらだらする」だったんですからね。
そのなんか違う感じが「逆にかわいい」とウケたわけです。

みうら氏もそんな「なんか違う」感じに目を留め、そいつらをたぐいまれなセンスでぽっと『ゆるキャラ』なんて呼んでみたわけです。

なので語源からすれば、ご当地キャラクター=ゆるキャラってのは、ほんとはちょっと違ってたんですね。

『ご当地キャラ』の全国化

そして一方、当のご当地キャラクターの方には、大きな変化が起こっていました。
それまでその「ご当地」でしか存在が知られなかったキャラクターたちが、インターネットによって全国に広く知られるようになってきたのです。
(インターネット黎明期は今よりホームページの見た目はずっとシンプルで、そもそも回線速度を考えると写真のような大きな容量の画像を多用することは現実的ではありませんでした。
私の想像ですが、そんな状態でホームページに装飾をつけるならどうするか…やっぱり最初にシンボルマークやキャラクターの画像あたりは定番で使ったんじゃないでしょうか。)

また「公募」もネットを介してより広い範囲から、多くの数を集められるようになりました。
最初は「地域との交流」要素があった公募も、ご当地キャラクターという存在が一般化するにつれ、よりよい作品を求めてあちこちから募るようになったのだと思います。

今は実際応募する人の中には、プロのデザイナーやデザイナー志望、一般の方でも「全国のキャラクター公募に応募するのが趣味の人」などがかなりの数いらっしゃいます。

インターネットによってご当地キャラが全国に普及する流れは、ごく自然なことだったと思います。
そしてそれには大きなおまけがついてきた。
これまで地域という内側を向いていたキャラクターを「外側」に発信することで、キャラクターひいてはキャラクターを有するご当地そのものをPRし、観光客を呼び込めるという効果がありそうだ、ということに気がついちゃうわけです。

『ゆるキャラ』による『ご当地キャラ』吸収合併

そうやってご当地キャラブームがじわじわ来ているところに、2010年『ゆるキャラグランプリ』が始まりました。
その後毎年開催されるこのイベントにより、『ご当地キャラ』は『ゆるキャラ』と呼ばれるようになり、その存在は確固たるものになっていきます。

そしてご存知のとおりゆるキャラは一大ブームとなり、全国あちこちで新しくご当地キャラもといゆるキャラたちが大量生産されていきました。

その流れの中で、以前のお役所然とした造形から離れた「ゆるい」キャラたちが増え、いつしか主流となり、しかし以前からのお役所系ご当地キャラも根強く残り、ゆるキャラは多様化していったのです。

そんなゆるきゃラブーム、受け手にとってはどんなものでしょうか。
全国にこれだけのキャラクターがいれば、自分好みのキャラは必ずいるでしょう。
『ゆるキャラ』とは言うけれど、『ゆるキャラ』という名のキャラはいない。
たくさんの個性の中から、自分だけのキャラクターを見つけ出す楽しさ。
逆に探してるつもりもなかったのに、偶然出会ってしまったときの感動。
そんな単純な感情が、ゆるきゃラブームの本質だと思うのです。

さて…長々とゆるキャラ、ご当地キャラについて語ってきましたが、結局わたしは何を言いたいのか。
そこで最初の話に戻るわけです。

そのゆるきゃラブームの中、100体以上もの分身キャラクターは何故生まれてしまったのか。

後半へ続きます。